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Wish ~a sequel to the story~
休日のお昼過ぎ。
「おや、山内君」
 駅前の商店街をてくてくと歩いていた俺は、聞き覚えのある声に呼びかけられた。
この優しい声色の持ち主といえば。
「如月先生」
 振り返ると、笑顔の如月先生が立っていた。
「どこかにお出掛けだったんですか?」
 俺が訊ねると、先生は笑顔のままで
「友人に会いに行った帰りです。山内君は?」
「本屋に攻略本を買いに行く途中です」
 訪ねられた俺は、つい素直に答えてしまった。
「またゲームですか?程程にしないと充流さんに怒られますよ?」
 困った子ですねぇ、という表情の如月先生に、もうお仕置きなら受けました……とは言えなかった。
言ったらきっと笑顔で聞かれるだろうし。『今回はどんなお仕置きでしたか?』って。
 前に一度、口走っちゃって返事に困ったもんなぁ……。正直に答える奴はいないと思うけど、如月先生の場合、答えないと悪い事したみたいで居心地悪くなるんだよな。
「分かってるつもりなんですけど、つい……気を付けます」
「そうですね。それでなくても山内君は朝が弱いのですから・・・まだ、充流さんに起こしてもらっているのですか?」
「えっと……」
 ――……なんかなぁ……どうして今日に限って、口ごもる様な質問ばかり受けてるんだろう?俺。
「――まあ、いいでしょう。それより、お昼はもう済みましたか?」
「まだです。何しろ財布の中身が乏しくて……」
 そうなんだ。新作のゲームソフトを買ってしまって……充流には呆れた顔されたけど、今買わないと当分再販しないって聞いたソフトだから、つい。
次の仕送りまで×日。今の所は、充流が奢ってくれるから何とかなっている感じだ。
ただ――お返しが問題だけど。まぁ、充流があれでいいって言うから、俺としては、助かっている。あれでいいのかな?とは、時々思うけど。
「それは丁度良かった。私もまだなんです。ご馳走するから一緒に食べませんか?」
「えぇ?!いいんですか?」
「勿論です。それとも私とでは不満ですか?」
 悲しそうな顔をする先生に、思いっきり首を横に振る。如月先生ご推薦のお店は、本当に食事が美味しいところばかりだから、断るなんてとんでもない。
「喜んで!」
 俺の返事に、如月先生はにっこり笑ってくれた。


「う〜ん?」
 寮への帰り道、本を片手につい首を傾げてしまう。
 如月先生には昼飯を奢ってもらった上、欲しい本まで買ってもらってしまったからだ。……何だったんだろう?あの「迷惑料だと思って受け取って下さい」ってのは。
にっこり笑う先生に押し切られる形で受け取っちゃったけど……いいのかなぁ?
「おー山内!今帰りか?」
「高崎先輩!どうしたんですか?!」
 声をかけてきたのは、去年卒業した高崎さんだった。相変わらず、明るくて可愛らしい先輩だ。
きっと大学でも、もてているんだろう。
「ちょうど良かった。お前に会いに行く途中だったんだ」
「俺に・・・ですか?あの、充流じゃなくて?」
「ん?藤井には用はないぞ。あいつはこの手のゲームはやらないからさ」
 そう言って差し出されたものは――ああっー!!
「た、高崎さん、それってっ!」
 慌てる俺に、高崎さんは笑顔でソフトを渡してくれた。
「レア物だから、山内持ってないだろうと思って。貸すから先にプレイしていいぞ」
「ええっ?!良いんですか?!」
「ああ。ちょっと大学の方、忙しくなっちゃって、ゲームしている時間、足りないんだよ。お前、先に終わらせて、で、俺にたっぷりヒントくれよな」
「はいっ!」
 う、嬉しいっ!俺がこのゲームの存在を知った時には既に完売だった。
欲しくても、肝心の製作会社が倒産しちゃったから、再販予定もまったくない代物。そのせいで、中古でもまったく出回らず、おまけにあってもえらく高い。普通、定価より高くなるなんてめったにないもんなぁ……。それが、この手の中にあるなんて!!
「でも――これ攻略本出てないから、終わるまでに時間が掛かりますけど……」
 借りる以上、なるべく早く終わらせたいけど、詰まったら攻略本を見て進めるやり方は出来ない。
本当に借りちゃっていいのか、不安になった俺に高崎さんは、さらりと言った。
「ああ、いいよ。返すのは何時でも。迷惑料だからそれ」
「は?」
また迷惑料?何のことだ?
意味が分からず、困った顔をした俺に、高崎さんはびしっと言った。
「でも徹夜は駄目だぞ。山内が寝不足で保健室に行ったら、藤井に怒られるの俺なんだから。ゆっくり攻略しろ。急かして返せ、なんて言わないから」
 そ、それは――さっきも先生に言われたばかりだ。
「うっ……我慢します〜」
「よろしい」
 良い子の返事をした俺に、高崎さんはにっこり笑った。


 良いことが二回も続いて、気分よく寮へ戻ってきた俺は、玄関先で一条と鉢合わせした。
「今帰りか?」
「おう!お前は?出かけるのか」
「ああ――。そうだ、山内。ちょっとここで待っていてくれるか?」
「え?」
「お前に渡すものがあるんだ」
 そう言って、一条は踵を返して寮内へと戻っていく。
 渡すもの?一条が俺に?……凄く不安だ。何だろう?まさか……参考書、とか言わないよな?
どきどきしながら待っていた俺に、戻ってきた一条は大きな白い紙袋を差し出してきた。
「何?」
 中には――……。これって、どう解釈すれば良いんだろうか?
「一条……?」
 恐る恐る訪ねた俺に一条は、
「剣崎からお前に渡して欲しいと頼まれた」
あっさり、自分からの贈り物でないことを告げた。それを聞いてほっとする。
そうだよなぁ。地方限定のコンビニお菓子……一条が買える訳ない。あれ?
でも、そうしたら、剣崎だって買えないよな?どうやって手に入れたんだ?これ。
「なんで?どうやって?」
「迷惑料の一部だって言っていたぞ。確かに渡したからな」
「へ?お、おいっ!」
 俺が、購入ルートと貰える理由に悩んでいると、貰える理由だけ教えてくれた一条は、紙袋を押し付けて、さっさと出て行ってしまった。
うう、購入ルートが分かれば、今後も手に入る可能性があるのに……。
一条の事だから、ワザとだ!絶対そうだ!
 教えてくれなかった一条に逆恨みしつつ、これをくれた剣崎を思う。
 剣崎――きっと屋上での件、充流に話しちゃったこと気にしているんだな。迷惑かけたのは寧ろ俺なんだけど……よし、明日お礼を言う時、そのこともきちんと話そう!
で、購入ルートも教えてもらおう!っと、考えてから、はた、と気付いた。
あれ?一条と剣崎って……仲良かったっけ?剣崎から一条と充流に何か助けてもらったって聞いたことはあるけど――?


「ただいまー!」
「お帰り。なあに、伸吾。いいことでもあった?嬉しそうだね」
 挨拶と共に元気よくドアを開けると、机に向かっていた充流が、くるりと振り返って挨拶を返してくれた。
「充流〜聞いてくれ!すっごくいいことがあったんだっ!」
 興奮する俺に、充流が苦笑しながら頷く。
「幾らでも聞いてあげるから、取り合えず落ち着いて、手に持っている物、置こうね。あ、伸吾お腹空いてる?」
「空いてる!何?何かあるのか?!」
 机に荷物を置いて充流に聞くと
「あるよ。一緒に食べようね」
そう言って充流は、俺の前に大きな箱を差し出した。
「うわー……よく買えたな、充流。お小遣い大丈夫か?」
「迷惑料って名前の臨時収入、入ったから。だって伸吾、店の前通る度に『美味しいんだよな〜』ってため息吐いていたから。よっぽど食べたいんだろうなあって……違う?」
「違わない。すっごく食べたかったけど――高いし」
「それは確かに。値段見た時、びっくりしたよ。このサイズで500円取るんだから。腕に自信なければ付けられないよね」
 そうなんだ。たった一回、奢って貰って食べた味が忘れられず、つい、店の前を通る度にぼやいていたけど。
 美味しい物を手に入れる為に並ぶのは、まだ我慢出来るが――それが例え女の子ばかりの行列の中でも――値段がなぁ……三口で終わる大きさのケーキに、500円から800円も出せないって。サイズがサイズだから、満腹になる量を買ったら月の小遣いの大半が消えるのは、目に見えているし。
「充流……本当にいいのか?この量だと、支払い結構しただろう?」
 奢って貰った時、値段を知らずに頼んで、会計時にえらく焦った記憶がある。
ここにある量を見ると、あの時より大目だし。
「したけど、僕としては、伸吾の喜ぶ顔を見れた方が幸せだから」
――充流……真顔で言わないでくれ……は、恥ずかしいぞっ!
「あれ?どうしたの、伸吾?顔真っ赤だけど」
「な、なんでもないっ!早く食べようぜ!」
「う〜ん……僕、別のものが食べたくなっちゃったんだけど」
「へ?他にもあるのか?!」
 別の食べ物と聞いて目を輝かせた俺を、充流はにっこり笑って―― ベッドへ押し倒した。
「本当に美味しいんだよねぇ……食べていい?」
 そう言って、のど元にキスされて……ようやく充流が何を食べたいのか分かった。
「だ、駄目だって!先にケーキ!!」
 あたふたしつつ、必死で充流を押しのけようとしたが、これがうまくいかない。どーして、こういうこともうまいんだっ!充流の馬鹿―!
「あ、伸吾、今僕のこと馬鹿―って思ったでしょう?」
「お、思ってない!」
ぶんぶん首を振ると、充流はふふん、と、鼻で笑って言った。
「し〜んご。この前、隠し事一つに付き……って言ったの忘れたの?」
「あ……」
 し、しまったっ!白鐘さんの一件で、隠し事無しっていう約束したこと忘れてた……。
「やっぱり忘れちゃったか。本当に伸吾って可愛いよねぇ」
 クスクス笑うと、やれやれと言って、充流は俺の上から退いてくれた。
「先にケーキ食べようか。思い出してもらうのは後でゆっくり、ね?」
「充流ぅ〜」
 とっても怖い台詞に思わず、充流を拝んでしまったが。
「だ〜め」
 にっこり笑って言った充流のお尻に、細長い先の尖った黒い尻尾が見えたのは、きっと気のせいだろう……。


 色取り取りのケーキを次々と頬張りながら、俺は今日の出来事を話した。
「へえ、瞳先生のご推薦?行きたいなあ、そのお店」
「じゃあ、来週行こうぜ!丁度仕送りの次の日だから、懐あったかいし」
「いいよ、デートしようね」
「お、おう」
 デ、デート……。そうか、充流と二人で出かけるとそうなるのか……。
充流と恋人の関係になって数ヶ月が経つのに、どうもこの手の言葉には照れてしまう。
「で、でもさっ!如月先生には奢ってもらうし、剣崎にも限定物のお菓子一杯貰っちゃったし、充流にもケーキ貰ったし……皆、出費させちゃって申し訳なくてさ。考えりゃ、高崎さんのレアソフトだって高価な物だし」
 そうなんだ。こう、一日に立て続けに奢ってもらい続けると、なんか嬉しいより、段々戸惑いの方が大きくなっちゃって。
おまけに皆そろって迷惑料がどうとかって言うし。
充流も言ってたよな。迷惑料って名前の臨時収入……何のことだろう?
「大丈夫だよ。皆の懐が痛む訳じゃから」
「へ?」
「良かったね、伸吾。でも、ゲームの時間は一時間だけだからね?」
「ええ!そんなぁ〜」
 きっちり時間制限を受けてしまい、がっくりする。――なんか、さっき気になる台詞を聞いたような気がするんだけど……なんだっけ?


――今日は一日良い事だらけだった。神様ありがとう、と日記には書いておこう。



終わり

同じく2003年に寄贈した作品。こちらも改装ついでに少しだけ、改行部分や語尾を直しました。この前の話が 「Wish」 になります。
上記タイトルからも飛べますので、良ければ読んで下さい。

2005.07.20 再UP